新 白川夜話

5.連載小説のときめき(1999.4.7掲載)

 面白い連載小説があると、掲載誌の発行日が待ち遠しくてたまらなくなる。

 まだ出ないか、まだ出ないかとそわそわして、そうだあの書店では発売日の一日前に店頭に並べていたはずだなんて、あてにもならないこ とを根拠にわざわざ電車代を使って出かけていって、やっぱり出ていないと空しく手ぶらで帰ったり、ようやく発売になって、どういう展開になったか焦って慄 える手で店頭でページをめくったり、いや立ち読みするのはもったいないと、購入して帰る道すがら、やっぱり我慢できなくて駅のトイレの個室で書店の紙袋を 破って、読みふけってしまったりと、思わず読点を打つのも忘れた野坂昭如みたいな文章になったが、皆さんこんな経験はないだろうか。

 昔の奇譚クラブを読んでいると、「花と蛇」のリアルタイムの読者はまさにこんな気持ちで毎月の発売日を待っていたようだ。「恋人に会 うような気持ちで待って、掲載されていなければまるで恋人にすっぽかされたような落胆を味わった」と表現した読者がいたが、それが実感だろう。

 私がリアルタイムでこんなときめきを味わった最初の経験は、団鬼六の「鬼ゆり峠」が連載中の 「SMセレクト」だろう。毎月、京都は寺 町通りの古本屋に自転車を飛ばして買いに行った(当時は古本屋ルートというのがあって、SM雑誌の新刊を一部の古本屋で売っていた)。

 あの「花と蛇」のリアルタイムの読者でなかったのは残念だが、小説としての完成度はこちらが上と思われる「鬼ゆり峠」をリアルタイム で味わえたのは楽しい経験だった。当時は競合の「SMファン」に、団氏もう一つの力作、「肉の顔役」も連載中だったから、ダブルの楽しみだった。団鬼六氏 の黄金期であった。セレクトとファンを毎月買っていた、SM小説ファンとしては幸福な時代だといえる。

 杉村春也の「性隷夫人悲姦の絆(恥虐の牝檻)」が連載中の「SM秘小説」も毎月の発売日が楽しみだった。沖渉二の華麗な挿し絵が魅力 的だった。特に石川百合恵夫人が登場してからの展開は次号が待ち遠しく、発売日である月初めになっては本屋に飛んでいったものだ。終わってしまうのが残念 で残念で。杉村さんどうしてもっともっと百合恵を責めてくれなかったのか(混乱している)。しかしあそこで終わったから名作なのかもなあ。

 今はほとんどそういった楽しみはないのでとても悲しい。マニアもスナイパーも秘小説も面白くないぞ(殿山徹二の「燃えよ性隷夫人」は ちょっと面白くて、秘小説の発売が待ち遠しかったけど。この「燃えよ性隷夫人」って、明らかに「恥虐の牝檻」を意識してるところがある。ストーリーはどう しようもなく粗雑ですが)。

 かといって書き下ろしのフランス書院等の文庫群もどうしようもない。チェックしたいSM作家は一人もいません(断言)。 

 あ、だけど、深山幽谷の「悦虐」は、割と凄かった。第二弾はいまいちだが。

 ああ、生きているうちにもう一度、掲載紙の発売日が待ち遠しくなるような面白い小説に出会えるのだろうか。「鬼ゆり峠」や「性隷夫人 悲姦の絆」のような、恋人を待つようなときめきとともに待つ作品が。それを思うと暗澹としてくるのである。

 ところでこのHPは週に一度程度更新するが、更新を少しでも待ち遠しく感じてくれる人が一人でもいれば嬉しい。
 

(2002.12.31追記)
 この後、出羽健氏の「ブロンド弁護士、檻へ」というとてつもない作品に出会い、再びこのドキ ドキ感を味わうことになる。出会いの場が雑誌ではなくネットだったのも時代の趨勢といえようか。

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