高校生の頃、学校のある駅の一つ手前を降りて、線路沿いに歩いたところに、薄暗い古
本
屋があった。 店の名前はもう忘れてしまったが、愛想の悪い親父が店の奥に坐っており、親父のすぐ隣の平台 に、2、3カ月遅れのSM雑誌や奇譚クラブ等が平積みにされていた。その横の棚には芳賀書店発行の黒箱入り「花と蛇」 や、久保書店のSM叢書などがが並べ てあった。 中学生時代からSM趣味の道に足を踏み込んでいた私にとって、そこはまるで楽園のよう な場所だった。 未成年である私がSM関係の出版物を手に入れるには、普通の本屋からでは限界があっ た。どぎつい色合いの表紙のSM雑誌はとても買えない。桃園書房発行の団鬼六の小説を買うのが精一杯だった。 話は少し脱線するが、桃園書房の団鬼六シリーズはタイトルを見ただけでは、内容が想像 しにくくなっている。『新妻地獄」、『黒薔薇夫人」、『番長流れ者」、『夕顔夫人」、『緋ぢりめん博徒」などは、単なる中間小説のような装丁になってい る。シリーズにも『異色現代小説」とう惹句が付されていた。気の小さなマニアが書店で買いやすいような配慮だったのだろうか。キオスクでフランス書院文庫 が買える現在から見れば、隔世の感がある。 さて、桃園書房の新書で団鬼六ファンになっていた私にとって、探求すべき一大テーマが
『花と蛇」だった。これの芳賀書店版を初めて見つけたのがこの古本屋だ。 最初の収穫は『地獄花(続夕顔夫人)」が掲載されたS&Mフロンティアだ。由利子ファ
ンの私にとって、桃園書房の夕顔夫人(上下巻)のラストは、いささかフラストレーションのたまるものだった。 その他、絵物語花と蛇や、沖渉二作画の穴蔵令嬢が掲載されたSMキング、奇譚クラブの 花と蛇総集編、やはり桃園書房の新書版には掲載されなかった『肉体の賭け」ラスト4回、これらに出会ったのはすべて薄暗い古本屋だった。 私のような未成年が仮に普通の本屋でこういった本を買えば、白い眼で見られるか、場合 によっては売ってくれなかったかも知れない。しかし、この無愛想な親父は何も言わずにこれらの本を売ってくれた。 現在、古本屋はこぎれいな『新古本」を扱う明るい店が中心であり、昔ながらの古本屋で も、奇たん倶楽部をおいているようなところは、やたらに高くて手が出ない。それに、SMそのものが随分明るいイメージのものになってしまい、かつてのよう な薄暗い古本屋での、怪しい未知のものに対するドキドキした出会いなどは望めない。 このHPは昔の薄暗い古本屋のイメージで作った。訪れてくれる人が、かつて私が体験し
たような『今日はどんな怪しいものがはいっているか』、というようなときめきが少しでも得られるなら、望外の幸せである。 (2002.12.31追記) |