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19.反撃準備
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「お兄さんは戦国武将の真田家や井伊家の赤備えを知っていますか?」
「え? ええ……」
啓治は小説、映画を問わず時代劇のファンであり、もちろん鎧、甲などの具足類を赤で統一した無敵の甲州騎馬隊の話は良く知っている。しかし現代的な容貌
の祥子がそんな古風な例を持ち出すのもまた意外な感じがした。
「赤は人間の気持ちを鼓舞する作用があるんです。これからが本格的な戦いです。お兄さんにも元気を出してもらおうと思って、わざわざこんな格好をしてきた
んですよ」
祥子は無意識に心持ち胸を啓治の方に突き出すようにした。
「ああ……」
啓治は少しどぎまぎしながら頷いた。
「それなら効果抜群です。すっかり元気が出ました」
「……まあ」
祥子は少し恥ずかしげに頬を染めた。
「――いい年をしてこんな派手な格好をしてとお思いでしょう」
「そ、そんなことはないです。お綺麗ですよ」
「本当に少しは元気が出たみたいですね。お世辞を言う余裕が出てきたようだわ」
祥子はにっこり笑った。
祥子は妹とはいえ、顔立ちは涼子にはあまり似ていない。美貌ではあるが涼子が人を包み込むような暖かさを与えるに比べ、祥子の顔立ちはやや硬質な、冷た
い感じのするものだった。
(………しかし、今見せたはにかんだような表情は、涼子にとても似ている)
一瞬だが涼子が自分の元へ帰ってきたようだ、と啓治は感じた。
「A国は旧宗主国であるスペインの文化を受け継いで、いまでも闘牛が盛んだときいています。この赤で猛牛どもをけちらしてやりましょう。戦闘開始ですよ、
啓治お兄さん」
祥子はおどけて力瘤を作る真似をした。
A国司法省の奥まった場所に、関係者以外は決してはいることが出来ない20坪ほどの豪華な部屋がある。そこはあたかも小型の映画館か劇場といったつくり
で、前面に舞台があり後部の小部屋には最新鋭の16ミリ映写機が置かれている。
部屋にはいかにも高級そうな椅子が舞台の方を向いて前後に4席ずつ合計8席並べられている。現在は前列の4席のみが埋まっており、4人は一様に舞台の前
に掲げられたスクリーンに投影された奇妙な映画に見いっている。
これら4人の男女はA国司法大臣のカルロス・メンデス、第3刑務所所長のゴメス、同じく第3刑務所副所長兼看守長のマリア、そして残る1人はA国国立医
薬研究所副所長のクララ・シュミットである。
A国の刑務所には無味乾燥な番号が振られ、番号によって呼ばれている。第1刑務所は政治・思想犯や死刑が確定した男性の囚人が収容され、第2刑務所はそ
れ以外の男性の重罪犯が収容されている。そして第3刑務所は女性の死刑囚を含む重罪犯が成年、未成年を問わず収容されている。
刑務所の内部はA国の司法関係者にも一部を除いてその実態を知らされていないが、特に女囚専用の第3刑務所は別名「女の地獄」と呼ばれる暗黒の世界だっ
た。
カルロス・メンデス司法大臣とゴメス、マリアの3人の共通点はただ一つ、彼らがA国の事実上の支配者層であるマフィアの重要な構成員だということであ
る。表世界の序列とはまったく異なり、マフィアの中での3人の最高位はゴメス、次いでマリア、司法大臣であるカルロスは最下位にあった。この序列は各々の
職から得られる旨味の度合い、つまりは「兄弟達」に分配することが出来る上納金の額の多寡に準ずるといって良い。刑務所所長であることの経済的なメリッ
ト、特に第3刑務所のそれは司法大臣よりもはるかに上なのだ。
3人のマフィアと同席しているクララ・シュミットはナチスドイツで若くして天才医学者の名をほしいままにし、絶滅収容所でその悪魔的な手腕を振るってき
た。具体的には「偉大なアーリア民族の効率的な繁殖のための様々な薬品開発」を目的として、パルチザンやユダヤ人を材料にありとあらゆる人体実験を行って
きたのである。戦後、連合国の厳しい追及を逃れてA国に亡命してきたクララはA国政府の庇護のもと、囚人達を材料として恐るべき人体実験を継続していた。
誇り高きアーリア人種であるクララは、もちろんマフィアの一員ではない。彼女にとってラテンアメリカの田舎国のマフィアなど笑止千万の存在だった。
ナチスドイツからA国に亡命してきた人間はクララだけではなかった。軍事や大衆扇動の専門家を中心としたドイツ亡命者の人脈は国軍を中心に根を張り、A
国でマフィアと並ぶ一大勢力である軍閥の中に大きな影響力を有していた。クララは一応これら旧ナチス閥とでもいうべきグループに属していたが、俗っぽい派
閥構想にもまったく興味はなかった。
クララは今年42歳になった。美しく束ねたプラチナブロンドの髪、艶やかな白い肌、吸い込まれるような碧眼は年齢を感じさせない。
彼ら4人が熱心に見入っているスクリーンには、衝立で仕切られた殺風景な誰もいない部屋の一角が写っていた。しかし照明が不自然なまでにその一角を明る
く照らしていることが、その一角にまるで役者が登場する前のスポットに照らされた舞台のような趣を与えている。
スクリーンの中に、全裸の美しい少女が不安げな表情で現れた。
「ほう――」
第3刑務所長のゴメスが思わず嘆声を洩らし、副所長のマリアはごくりと音を立てて唾を飲み込んだ。国立医薬研究所副所長のクララ・シュミットはすっと目
を細め、やや身を乗り出すようにする。
そのアジア系と思える美少女は両手に紙コップと洗面器を持っているが、ふと正面を見るなり、愕然として目を見開く。同時に小さく叫ぶように口が開いた
が、残念ながら音までは拾えていない。
「カメラに気がついたのか?」
ゴメスがスクリーンに釘付けになったままカルロスに尋ねる。
「いや、前がマジックミラーになってるんです。カメラはマジックミラーの向こう側に置いているんで、撮られている方からは分かりません。その証拠に目線が
少しずれているでしょう」
カルロス以外の3人が軽く頷く。確かに怯えにも似た驚きの表情を浮かべる美少女の視線は、レンズの方向からは微妙に外れていた。
「空港警察の検査室の新しい仕掛けですよ。いちいち因果を含めてカメラの前で採尿するのは骨が折れるんでね」
「鏡の前で排泄させるのも無理があると思うがね」
ゴメスはそう茶化したが、視線は依然としてスクリーンの全裸の美少女に完全に釘付けになっている。
「そこはそれ、演出次第ですよ。様々な方向から責め上げてここしか場所はないぞと心理的に追いつめてから、衝立で仕切られたこの部屋の隅へ追い込む。そう
すると鏡の前だから嫌だなんてもういえなくなりますよ」
少女は少しの間もじもじしていたが、検査官に叱咤でもされたのかびくりと身体を慄わせ、覚悟を決めたように鏡の前にしゃがみ込む。
「これがまた不思議なもんでね、鏡の方にケツを向けようとはしないんですよ。入り口の方を向いて小便するというのに抵抗があるんでしょうか……」
「――日本のトイレはそういった構造になっているのよ」
それまで無言でスクリーンを見つめていたクララがそう言った。
「西欧のトイレは椅子の上に座るタイプで、身体は必ずドアの方向を向く。しかし、日本のそれはこんな風にしゃがみこむのが普通で、ドアには必ず背中を向け
るわ。それが身に付いた習慣になっているのよ」
「……なるほど。さすが元同盟国の事情にはお詳しいですな。シュミット博士」
カルロスが感心するようにいった。
「――しかし不用心なもんだ。途中で襲われたらどうする」
ゴメスが真面目な顔で呟くとクララから小さな失笑が洩れた。
スクリーン上の美少女は激しい羞恥に身の置き所もないといった風情を見せ、切なげに身を捩りながらも床の上に置かれた洗面器をしっかりと見つめる。おそ
らく外に漏らしたらひどい折檻を与えると脅されているのだろう。美少女の幼い下半身が小刻みに痙攣し、やがて一条の銀の水流が少女の無毛に近い股間から流
れ出す。
「おおっ!」
ゴメスは叫び声を上げると思わず身を乗り出す。
「どうです?」
カルロスは得意そうな響きを声に交え、ゴメスに尋ねる。
美少女は目の前にある鏡から必死で顔を逸らしつつ、ちらちらと自分の尿を受けとめる洗面器を見つめ、次いで手に持った紙コップをさも恥ずかしげに秘所に
あてがう。
「こいつは最高の牝だ――」
「いつ第3刑務所に送り込めるの?」
ゴメスが嘆声に近い声を上げると、マリアも興奮を隠せない様子で、カルロスに尋ねる。
「もうしばらく――そう――2週間くらいは見てもらわないと」
「なんでそんなにかかるんだ?」
ゴメスは喚いた。
「証拠もあるし、自供もとれたんだろう」
「この娘とその母親を餌にして釣り上げたい魚がもう2匹ばかりいるんですよ。そいつらも特上の獲物なんでね」
涼子と美歩が聞けば身も凍るような恐ろしい会話を交わすマフィア達の視線は相変わらずスクリーン上の美歩に向けられている。長い排泄をようやく終えた美
歩は羞恥と屈辱にシクシクとすすり上げながらそっと立ち上がる。
「――こいつはいい絵だ。高く売れるぞ」
「順序は逆になりましたが、母親のもあるんでお見せしますよ。こっちも歳は少しいってますが抜群のタマですよ」
「母娘セットか! しかも日本人の。そいつは素晴らしい!」
これら空港や警察の取調室で秘密裏に撮影された映画は、マフィアの手で闇のマーケットに流され、彼らに高い収益をもたらすこととなる。美しい日本人母娘
を撮影したものは希少価値があるのだ。
「その代わり……」
映画の収益のうち「兄弟」への上納金を除いた取り分を今までの四分六から五分五分にかえてもらえないか、とカルロスはおもむろに切り出した。
「野党の連中が最近やたらとがめつくてね、政界工作も金がかかるんですよ――」
「駄目よ駄目よ」
マリアがあわてて遮った。
「第3刑務所も医薬研究所も色々と設備投資が大変なのよ。こんなマジックミラーなんて子供だましの仕掛けじゃないのよ」
「しかし――」
それはそれでちゃんと回収のあてがあるではないか、とカルロスは言いかけて口を噤んだ。今日のところはこれくらいでよいだろう。深追いは禁物だ。それに
まだこちらには売り物がある。
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