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9.語学教室
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「あっ」
いきなり尻を打たれた涼子は、痛みというよりもむしろ驚きのあまり声を上げ、バランスを崩してその場に尻餅をつく。
「な、何をするのっ」
涼子は憤怒のあまり眉を吊り上げて、看護婦を睨み付けた。
「わが国ではききわけのない患者には鞭を与えるのよ。下手な薬よりもずっと良く効くことがあるわ」
再び看護婦は鞭を振り上げ、涼子の尻に二度、三度と振り下ろす。
「ううっ」
肉の厚い臀部を打たれる痛みはそれほどでもないが、狭い検査室内に大きく響く打擲音が涼子の羞恥と屈辱を掻き立てる。
「や、やめてっ。お母様を叩くのはもうやめてっ」
美歩は母親に対する暴虐行為を見ていられなくなり、おろおろした口調で叫ぶ。
「お、お母様、ごめんなさいっ。美歩が、美歩が我侭でしたわ」
「美歩ちゃん……」
「もう、何でもお母様の言うとおりにしますっ。許してっ」
美歩はそう言うと再びわっと激しく号泣する。美歩の母親似の切れ長の目尻から、堰を切ったように涙が流れ落ちると、涼子もそれに合わせるように嗚咽す
る。
「いつまで泣き合っているんだいっ。こっちは忙しいんだよっ」
看護婦が再び怒声を上げ、手に持った鞭で床を叩くと美しい日本人母娘はおびえたように顔を上げる。
「み、美歩ちゃん。お母様の言うとおりに繰り返すのよ、いいわね?」
「は、はいっ」
涙に濡れた瞳を向き合わせる涼子と美歩、娘の覚悟をその瞳の奥に確認すると、涼子は口を開く。
「――こう言って頂戴、『私の、処女膜(El himen)を確認して下さい』」
「私の、ショ、ショジョマ――」
「ちゃんと意味も説明するのよ。日本語は使っちゃあ駄目よ」
看護婦に意地悪く指摘されて、涼子は頬をぽおっと染めて俯かせた。
「処女膜というのは、――お、男の方と、そ、その、経験すると、なくなるもの。美歩ちゃんの身体にはあるし、お母様にはもうないわ。わかるでしょう?」
美歩は涙に濡れた目を見開き、きょとんとして首を傾げている。母が説明する簡単なスペイン語はわかるのだが、奥手な美歩にはその意味するところが通じな
いのだ。
「女の人の、せ、性器の入り口にある膜のことよ――」
「あっ……」
涼子が直接的な表現をしたことで美歩はようやく理解するとともに、母親と同様幼さの残るふっくらとした頬をピンク色に染めて小さく頷く。
「わかった? じゃあ、お母様の言うとおりに繰り返して頂戴。私の処女膜を確認して下さい」
「わ、私のしょ、処女膜を確認して下さい――」
美歩が恥ずかしさのあまり蚊の鳴くような声でそう言うと、看護婦が鞭で床を叩きながら怒声を上げる。
「声が小さいっ! もっとはっきりと言いなさいっ」
「私のっ、処女膜を、確認して下さいっ」
美歩が自棄になったようにはっきりというと、好色そうな薄笑いを浮かべたまま成りゆきを見守っていた医師がさも痛快そうに笑いこける。
「こりゃあ傑作だ。ついでだから他の言葉も教え込んでやれ。これからはきっと必要になるだろうからな」
「わかりました――」
看護婦は意味ありげに頷くと、涼子の方に向き直る。
「貴方の娘のスペイン語は全然駄目だわ。これではA国に定住するために渡航したという言い訳は到底通らないわね」
「そ、そんな――」
美歩は親のひいき目ではなく語学の才能があり、涼子の指導もあって中学2年にして日常生活にはほぼ支障がないほどのスペイン語の力を身につけている。
涼子はいいがかりめいた看護婦の言葉に、やや憤慨した表情になる。
「この際だから先生のおっしゃるように、女の身体の他の部分の呼び名もしっかりと娘に教え込むのよ。この場でね」
「え、ええっ?」
涼子は看護婦の突飛な申し出に驚き、大きく目を見開く。
「ど、どうして、今、そんな事が必要なのですかっ?」
「まったく、頭の悪い女ね。本当にあの文明国といわれる日本の国立大学を卒業しているの? 貴方は。その男殺しの肉体を使って裏口入学したんじゃない
の?」
看護婦の侮辱の言葉に涼子の頭はカッと熱くなるが、何か言い返そうにも怒りのあまり舌がもつれて言葉が出てこない。
「身体検査が終わったら貴方達2人の取調べが行われるわ。当たり前のことだけど、母娘で口裏を合わされるといけないから2人は別々よ。ヘロインの包みは娘
のポーチから出てきたんだから、娘が主犯という仮説のもとで聴取されるわよ」
「そ、そんなっ」
涼子は愕然として悲鳴を上げた。
「美歩はまだ14歳なんですっ。ま、麻薬の密輸なんて、そんなことをするわけがありませんっ。――そ、それにっ、聴取するとしてもきちんと弁護士をつけて
からにして下さいっ」
「立件されたら弁護士はつけられるわよ」
看護婦は涼しい表情で言い返す。
「それに貴方の娘が14歳だということもまだ証明されたわけではないわ」
「身体付きは幼いけど日本人はみんな実際の歳よりも下に見えるっていうしね。逆に貴方も到底37歳なんて年齢には見えないわよ。2人が母娘だってことも怪
しいものだわ」
「いずれにしても娘が取調べを受けるときに、取調官の言うことがわからないようではどんどん不利になるわよ」
看護婦は容疑者とのこういったやり取りには慣れているのか、まるで自分が取調官のような話し方をする。涼子は次第に追いつめられたような苦悩に満ちた表
情を見せる。
(あ、あなた、啓治さん。涼子、どうしたらいいの――)
涼子は再び胸の中で夫に呼びかけた。
これはどう見ても冤罪である。涼子と美歩の身元が確認され、啓治の勤め先である本多物産――A国の政財界にがっしりと食い込んでいる総合商社――、それ
に日本の大使館が動き出せば、きっと自分達は解放されるはずだ。
それまでにあとどれほどの時間が必要だろう。美歩と自分が拘束されてからどれほどの時間がたったのだろう。そろそろ啓治が不審に思って動き出す頃だろう
か。
いずれにしても本格的な取調べに入って美歩と自分が切り離されると、自分はもはや美歩を守って上げることが出来ないのだ。この陰湿な医師と看護婦が言う
ように、日常会話では使わないような女体のそれぞれの部分の呼び名を教えることが、取調べを受ける上でどれほど自分の身を守るのに役立つかははなはだ疑問
であるが、少なくとも確実に時間稼ぎにはなる筈だ。
「わかりました――」
涼子はきっと表情を引き締める。美しく整った顔立ちに悲壮感が漂う。
「ど、どうすれば良いのですか?」
「私がこれから言う箇所を自分の身体を使ってしっかりと示して、娘にその呼び名を教えるのよ。とても簡単なことでしょう?」
看護婦はそういうと、こっくりと頷く涼子の背後に立ち、耳元に口を寄せる。
「……」
看護婦の囁きに涼子の裸身がブルッと震える。予想はしていたが、やはりそういう類の単語だったか。苦悩に柳眉を歪める涼子の背を看護婦が催促するように
つつく。
「――美歩ちゃん、お母様が今まであなたに教えていなかったスペイン語をいくつか教えてあげるわ。しっかりと覚えるのよ、いいわね?」
涼子は美歩を動揺させまいと極力冷静を保ち、口元に柔和な微笑みさえ浮かべて娘に語りかける。
「――わ、わかりました。お母様」
美歩は完全に事情が呑み込めたわけではないが、その場の異様な雰囲気から涼子が苦悩の極に置かれているのを察し、けなげにも母親の窮状を救おうと素直に
頷いた。
美歩が承諾したのを確認すると、涼子は自らの乳房を指さしながら口を開いた。
「さ、お母様の言うとおりに繰り返して。『これは、私のオッパイ(Pecho)です』」
「えっ?」
美歩は母の言葉に軽い衝撃を受けたように目を見開いたが、すぐに涼子の言うとおりに繰り返す。
「これは私の、オッパイです……」
「もっと大きな声でいうのよ。『これは、私のオッパイです』」
「これは、私の、オッパイですっ」
「ちゃんと自分のその部分を指さしていいなさい」
「ああ――」
美歩はさすがにたまらない羞恥を感じ胸元まで薄赤く染め、溜息をついて首をのけぞらせる。その苦悩の風情は、あどけない少女が性感の芽生えに思い悩むよ
うな新鮮なエロチシズムを感じさせる。
それでも美歩は素直に母の指示に従い、まだ膨らみ出したばかりの両乳房を指さして、「これは私のオッパイです」とはっきりした口調で言うのだった。
「その調子よ……」
看護婦は美しい日本人母娘が徐々に術中にはまってきたのを見て、嵩に掛かったように新たな単語を涼子の耳元に吹き込んでいく。
乳首(Pezon)、臍(Ombligo)と上半身から下半身へと言葉責めの標的が移って来ると、いよいよ涼子が最も恐れていた場所へと向かっていく。
「ああ……」
看護婦の次の言葉に今度は涼子がたまらない羞恥を感じ、首をのけぞらせる。
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